30歳になりました。
いろいろあったけど、よくここまで生きたと思います。
いい機会なので、これまでの自分の人生について振り返って書いてみようと思います。
大まかな振り返り
1985年(0歳)
鳥取で生まれる。
1996~1999年(11~14歳)
小学校高学年の頃から午後の授業でお腹が痛くなるようになる。
中学生になってから病院に行くも治らず。
この頃すでに過敏性腸症候群だったと思われる。
2000~2003年(15~18歳)
高校入学。症状が重度になったことに加えて、当時は男子だったので男女差別の校則で髪を伸ばせないことがかなりの不満に。
しかも遠くへ通うのは難しいので、家から近いだけの高校を選んだために授業内容に興味がない。
自殺を考えたり不登校にもなったけど、1年分の単位を持って通信制高校に転入して合計3年で卒業。
通信制高校は月2~3日くらいの登校だったし、車で送ってもらえたから通えた。
2003~2008年(18~23歳)
専門学校に入学したけど、2ヶ月ちょっとで通わなくなり中退。
その後、お金に困って工場で勤務したけど、続くわけもなく1ヶ月で退職。
仕送りをもらって細々と一人暮らしニート。
2007年には性同一性障害を理由に、戸籍の名前を変更。
2008年(23歳)
岐阜に引っ越し、優しい彼氏(今の夫)と一緒に暮らすようになる。
2009年(24歳)
性同一性障害なので、去勢手術(精巣摘出手術 = 睾丸摘出手術)を受ける。
2010年(25歳)
戸籍の性別変更して女性になる。
夫と結婚。
2010~2011年(25~26歳)
飲食店で二度パート勤務するも、どちらも続くわけもなくどちらも3ヶ月以内で退職。
色彩検定2級に合格。
会社員だった夫が病気や環境面の問題などで退職。
2013年~2015年(28歳~30歳)
夫がゲームアプリ開発を始めて、様々な画像の作成を頼まれたのをきっかけにデザインを作るようになった。
さらに、ユーザー獲得のための施策など関連の様々な仕事をするようになった。
そして、2人で力を合わせて生計を立てられるようになった。
デザインについては色の勉強をしたことや、絵を描いていることが活きる。
通勤とかしなくても働ける。
多くのところを自分で決めて作れる。
自分に合ったところがたくさんあるので天職だと思う。
こうして見ると、要所要所でインターネットを通して何かをすることが転換点になっています。
ミレニアル世代*1らしいかもしれませんね。
インターネットを通しての主な出来事
- 通信制高校に転入するときは、その存在をネットで知った。
- 一人暮らしのときは、女性ホルモン剤を個人輸入代行のネットショップで購入していた。
- 岐阜で暮らすようになってからのクリニックはネットで探して見つけた。そこで去勢手術、性別変更の手助けもしてもらえた。
- 夫とはネットゲーム*2やSNSがきっかけで知り合った。
また、16歳~27歳までの約11年間のうち、ほとんどがニートかそれに近い生活だったのは、我ながら素晴らしいことです。
でも、厳密にニート*3だったのは学生・パート・結婚後を除くと、6年くらいかな。
繊細な性格で、感情のコントロールや対人関係が苦手な私が間違って会社員になったり、無理してパートを続けたりしたら、きっと不幸なことになっていたことでしょう。
そういう、つらい・成果を出せない状況を固定化しないためにも、苦手なことを避けたり止めたり、甘えて生きるのは必要なことでした。
今も色々あるけど、15歳の頃は30歳まで生きてないだろうとか思ってたし、そんな状況から色々あってここまで来ることができたのは幸せなんだと思います。
昔は自分が嫌いだったけど、今は割と好きなのも幸せですね。
こうなれる環境だったことに感謝します。
いつまで生きているか、先が短いか長いかは分からないけど、これからもなるべく甘えて生きていこうと思います。
どうせ死ぬんだからどうでもいいことは適当に、でも好きなことは楽しくしっかりと頑張ろう。